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「儲」けるとは、「信」じる「者」に与えられん

こんにちは。久しぶりの更新です。nekonomoridesignのyoshyです。
年末にかけて、仕事をいただく事ができたり、勤務先では転職1年目という状況ではありながらも少し不本意な事が発生したりしておりまして、年末らしい精神の乱れも起こしておりますが何とか頑張っています。

そんな中、あるときに目にしたこの言葉がとても気になって気に入ったので伝えたくて久しぶりにブログを書きました。

「儲ける」とは、【信じる者】にこそ訪れる。

副業を本格的に初めて約半年。
それまでも少し、ネット経由でのクラウドサービス関連のコンペに応募したりして報酬をいただいたりしてはいましたが、この半年は自分自身の足で交渉を進めたりお仕事をいただいたりする事をし始めて、実感として本当に「福業」をしているなと感じながら過ごす日々が多くなりました。

副業をやり始めたきっかけは以前にも書きましたが、私自身(女性が)大黒柱と言う環境でありながら、自分の勤め先だけのお給料ではとても生活が苦しいのと(女性と男性では同じ年齢でも基本値が違うので・・・)自分自身がやりたい事をやるというスタンスで仕事をして見たいというのもあってやり始めましたが、そのとき私はずっと「稼ぐ」という言葉を使っていました。

何とかして稼ぎたい。
稼ぐから、今の生活苦しいけど我慢してね、と家族に言ったりしていました。

しかし、あるとき、こんな言葉を見つけました。

「儲ける」という言葉を嫌う人がいるけれど、
儲けるというのは、お金が入ってくると信じている者に与えられる。
人を信じる者から得られる対価だ

という言葉でした。

それまで、私は同じお金を得る言葉であっても、ずっと「稼ぐ」しか使っておらず、「儲ける」という言葉は使っていませんでした。
そのため、自分が働いた(労働力を使った)分だけ、お金をいただくものだ、という固定概念ができていました。

稼ぐと言うのは、労働力を使い、お金を得る事。

儲けるというのは、人を信じてそこからお金をいただく、事。

同じ事のようで、ぜんぜん違うと今の私は感じています。
同じ仕事をするのでも、労働力に見合ったものが貰えないと不満を持つのが「稼ぐ」という意識であり、労働力に見合っていないかもしれないけれど、その人を信じていればいつかは「儲け」させてくれる、という心の余裕がある人にはいずれ「お金が入ってくる」という仕組みになっていると思うのです。

「稼ぐ」と言う意識は「労働力を割いている」という認識のままだから
いつまで経っても不満が消えない?

このわずかな違いに気づくようになってから、私は極力「儲けがでてきたら、○○しようね」という言葉遣いにするようになりました。
そうする事で、今は苦しくても、人を信じて、その方の為に力を尽くせば、いつかは自分に何か返ってくるかもしれないと思うようにしています。

そのほうが、気持ちよく仕事ができる気がします。

福業という言葉も、「副業」としていない理由と同じで、自分がやりたい事をしているのに、それを苦しいと感じたくないからです。

幸せに感じる事をして、それを奉仕した方を信じる。信じる事で、いずれ自分にもその幸せの恩恵があればいいなとおもっています。

わずかな言葉の差ですが、少し違うだけでも変わると思います。

是非、あなたも身近に普段使っている言葉の意識を変えてみてはいかがでしょうか?

久しぶりに更新したブログがこんなちょっと哲学的な話になりましたが、また更新したいと思います。

それでは、2015年もあと少しですが頑張りましょう!

1日の時間配分

こんにちは。nekonomoridesignのyoshyです。
日中の勤務の仕事以外に福業をしている人は経験があると思いますが、「ずっと仕事モード」「プライベートとの境目が無くなっている」ようなことになっていることはありませんか?

福業でも時間をきっちり決める

会社勤めの仕事以外で何かをしている方の場合、たいてい、そっちの方が本当にやりたい事だったりして、ついつい夢中になってしまうものです。
私もしばらくそうでした。

多趣味な私は、猫との遊ぶ時間も欲しいし、テレビも見たいし、ゲームもしたいし、絵も描きたいし、デザインもしたいし・・・と本当に1日の時間が足りないと日々思って居ました。

趣味がまた1つ増えて、色々考えた結果、「時間割」をする事に。

やりたいと思う事が増えて、やりたいと思うだけずっと時間を割けられれば良いのですが、そうもいきません。
お風呂にも入らないといけないし、寝ないと次の日の会社に影響も出ますし、きちんと食事も摂らないと身体を壊してやりたい事ができなくなります。

それなのに、この期におよんで、私はまた1つ趣味が増え、主人との散歩とテニスという趣味が増えました。

きっかけは、なんとなく「運動したい」という衝動からだったのですが、元々ソフトテニス部だった私が、「またテニスとかしたいな」と漠然と思ったのがきっかけで、それを聞いた主人が「一緒にやるか」と言ってくれたのがきっかけで、共通の趣味が、「ゲーム」だけだったところに、新たに「運動+テニス」と言うのが加わったのです。

テニスをやるにしても、基礎体力作りから・・・

いきなりテニスをやる事にしても、今まで、オンラインゲームとパソコンでの仕事にほぼ1日の時間を費やしていた私は、明らかな運動不足でした。
筋肉量が足りないのもあって、猫背が進行し、肩こりもひどくなり、整骨院で直してもらうほどにひどくなっていた状態で、いきなりテニスも無いだろう、と言うことで、毎日散歩に行く事にしました。

日課の散歩の時間を取るために

散歩を日課にして、とりあえず基礎体力を作る事になり、A型特有の、「形から入ろう」作戦で、二人ともそれらしいウェアを、ちょっと奮発して買って、「買ったからにはやろう」と、自分たちに自分たちで発破をかけて、毎日雨の日以外は散歩に行く事にしました。

すると、散歩の時間を取るためには、仕事から帰ってからの時間配分がとても大事になります。
体力づくりのための散歩なので、20分以上は行く事を目標にしたのですが、そうなると、大人の夜の20分って結構貴重だったりします。

なので、散歩の日課を始めてからは、この「夜のダラダラ時間」が無くなりました。

ご飯を食べた後、すぐに片付け、食後15分くらいしたら、散歩に行く準備。
散歩の前に、お風呂掃除も済ませ、散歩出発前にお風呂を沸かす。
散歩から帰ったらお風呂、

という流れを作りました。

新しい流れを作り、コレを実行していく事で、我が家の家事の流れが新しくなり、それにより、無駄時間が減り、散歩の時間を目標どおり取れるようになりました。

流れを新しく作ってから振り返ると、前は、食後~お風呂、趣味の時間までに無駄な時間があった

今振り返ると、この新しい流れを作る前は、食べた後、おなかいっぱいになって、横になってテレビをなんとなく見ている・・という時間が多かったなと思いました。
確かに、それはそれで幸せで良いのですが、「やりたい事」が見つかると、その時間が「省く時間」となり、新しい事をする時間に変化するんだなと思いました。

時間を細かく割って、やりたい事をすべてやっていく

と言う事で、散歩の時間を新たに作り、色々としないと行けない事を短時間でパパっとやることで、限りある時間にゆとりをとり、最近では、家に帰ってから、●時までは、コレをして、●時以降はこの趣味の時間で・・・と言う風に、時間で区切って物事を進めるようになりました。

昔、親しくさせていただいていた部長さんが、ほぼ分刻みに近いスケジュールで毎日うごかれていて、さらに、土日にはテニス教室にまで通っていて、凄いなーとおもっていたのですが、気づけば、自分も同じように「やりたい事」のために自分で自分を追い込んでその状況を楽しんで色々やっているなと思えるようになりました。

人に与えられた時間はすべて均等。どう使うかは自分次第

会社勤め以外に仕事をいただいたり、自主的に色々とするようになってから、見えてきた世界があります。
それは、「自分で自分の事を決定していく面白さ」が魅せてくれる世界です。
人に左右されること無く、この与えられた限りある時間を自分のために使い、好きな事に目を向けて行く、それがどれほど貴重でどれほど大事なことかと言うのを最近実感しています。

自分で自分の事を決定していくことには自分自身に責任がすべて降りかかると言うことでもありますが、それを楽しめてこそ、本当に人生を歩んでいるということな気がしました。

色々、やりたい事がまだまだいっぱいあるので、これからも楽しんで矢っていきたいなと思います。

それでは、今日はこのあたりで失礼します。

肩の力を抜いて、やりたい事だけに集中してみる

こんにちは。nekonomoridesignのyoshyです。

肩の力を抜くって大事ですね。

いきなりですみません。
最近になって、ようやくこの大事さに気づきました。
少し前まで色々思いつめて、「やらなきゃやらなきゃ」と思っていて、やりたい事がありすぎて自分で自分を追い込んでいました。

そして、なんと、少し倒れてしまいました。

・・・といっても、軽い熱中症ですが。

あまりに暑くて、夏に弱い私の体がついに悲鳴を上げ、ふらふらになってしまいました。

アレもこれも全部やろうとしても無理。やりたいと思うことをランキング形式にして、やりたいと思う順番にやることにした

ゲスの極み乙女というバンドをご存知でしょうか?

このバンドの方々は、元々他のバンドとかに所属していたメンバーがそれぞれ自分のやりたい事をやりたくて、何気に集まって、やりたい事をやっていって出来たバンドなのだそうです。

やりたい事をやるためだけに集まった。

とてもシンプルですが、それが良い共鳴感になって、あの独特の音楽の世界が出来て、今人々を魅了しているのです。

やりたい事だけをシンプルにやる。ただそれだけなのに人の気持ちを動かせる原動力になりえる

私も散々悩んだ挙句、やりたい事が見つかって、今そこに向かって着々と準備を薦めて居ます。このブログもその一環。
長続きしない性格だった私も、きちんと方向が見えて今はこうして毎日更新を続ける事が出来て居ます。

私は、会社勤めを終わらせ、自宅で働く環境を整えたい、そして仕事をたくさんとって、事業を起こし、自分の好きなメンバーと仕事をする。

これが私の目標です。

ただその目標にむかって、それに必要な事を洗い出し、そこに向かってのフローチャートを思い浮かべ、その目標への道筋を経てる。そしてそこに向かって歩く。

答えはとてもシンプルでした。

良く自己啓発本とかにもかいてあって、わかっていたつもりではあったのですが、過去にも何度か目標を立ててそれに道筋を立ててみたりしたこともあったのですが、実行出来て居なかったのは、おそらくその目標そのものが自分の本当にしたい事ではなかったんだったんだろうな、と今になっては思います。

夢はシンプルに。

人生は1度きりです。ずっと健康で居続けられるかどうかも正直誰にもわかりません。

だからこそ、1日1日悔いのないように、自分のやりたい事を見つけて、シンプルにがんばって生きたいと思います。

このブログを読んでくださった方の人生に少しでもプラスになりますように。
それでは今日はこのあたりで。

やりたい事を、好きなだけ。本当にやりたい事しか続かない 継続力のない人へ

こんにちは。nekonomoridesignのyoshyです。
先日、しくじり先生という番組を見ていて、元猿岩石の森脇さんが出演されており、そのときに「忍耐力がない」「続かない」というのをメインにしてお話をされて、見ていて、まるで自分を見ているようだと感じてしまいました。

忍耐力がない というより 飽きやすい

森脇さんと私に共通している点がありました。それは

やりたい!と決めてからやりだすまでが早い。とにかくやってみないと気がすまない。

やってみて、すぐにそれなりに無難にこなして、そのうちに飽きてきてしまう。なんとなくわかります。始める前は、「これだ!」と思うのです。
興味をすぐ持ち、すぐ楽しそうと思うのですが、心底、心から、何をしていてもやり続けたいほど楽しそうなことなのかもまったく考えないままやってしまうのです。

そして実際、他に面白そうなものが出来ると、【飽きてしまう】のだとおもいます。

飽きっぽい人はどうしたらいいのか。飽きないものを見つけるまで渡来&エラーのように何でもやってみるしかない

いろいろやっているので、それなりに器用で知識もありますね。
そして、いつか立ち止まって振り返って、「これは結構熱中したなー」と思うものをランキングにしていきます。

自分を振り返る時間は必要です。

振り返ったら、「これは良かったな」「これは長く続いたほうだ」という方向性も見えてくると思います。

寝る時間も、食べることも忘れて没頭した事がないかを良く思い出す

思い出していく中で、寝る時間も食べる時間も忘れて没頭しているような事がないか探してみてください。なければ、まだ、自分が本当にしたいことは見つかって居ないと思います。

本当にしたい事が見つかるまで、興味がある事を積極的にやってみるしかないでしょう。

私は、絵を描いたりチャットをしたりしている時、カラオケに居る時、は時間を忘れてやっていた

小さいころ、私は友達と同人誌を作っていて、それをしている時間は本当にお手洗いにいく時間すらももったいないほど没頭してやっていました。

大人になって、ひとりになってしまってからも、唯一、絵を描いたりして居る時と、カラオケにいっているときは時間を忘れて熱中してやっています。

絵を描き続けたい。自分の絵を世に出したい。デザインがしたい。

ウェブプログラマーに憧れて、今の会社に勤務していますが、自分が本当にしたい事に気づいてしまうと、今の状況が少し苦しく感じてしまって居ます。しかし、自分で選んだ事なので、きちんとした手順で、自分のやりたい事を実現していきたいと思って居ます。

やりたい事を徹底的に。イチローだって、本田さんだって、松井さんだって、みんな凄い人は、それが好きで続けてきたから極めていけている。

そんな単純な事に、やっと気づきました。
やりたい事を徹底的に。大人になると、その「やりたい事」よりも【社会性】【世間体】【空気感】を優先して、自分の気持ちなんてまったく見なくなります。でもそれじゃ寂しいですね。

やりたい事は徹底的に。気づけただけでも幸せ。

私は、つくづく幸せだなと感じます。
単純なことだけど、こんな簡単な答えになかなか気づきにくい物。
3年前に大病を患い、そのときに、「後悔しない」と決めたのに、また後悔してしまうところでした。

やりたい事をこの際徹底的にしたいと思います。

家族を守る立場なので、いきなり自由に出来るわけではありませんが、きちんと家族にも気持ちを伝えて、自分のやりたい事だけをやって、笑顔で居る事が家族にとっても幸せだと思うので、そうなりたいと思います。

やりたい事だけを、ただひたすらに。

好きな事しか、続けられない。

それが人です。

このブログを読んでくださった方に、何かひとつでも生きるヒントになりますように。
そして幸せが訪れますように。

それでは今日はこのあたりで失礼します。

起業したいけど何をすればいいかわからない。副業とアイデアで無限大の可能性を広げよう

こんにちは。nekonomoridesignのYoshyです。
本業はデザイナー。今はwebエンジニアぽい仕事をしながら、いずれは会社に属することなく生活がしたいと思っている、貪欲なデザイナーです。よろしくお願いします。

起業とは難しい事なのか。

同世代と話しているとよく

給料も安いし起業とかして自分で会社持ちたいよね・・

という話になったりします。
私もそう思っているほうです。
でも現実は、そう簡単にはいかないものです。

ビジネス書や、自己啓発本などにはよく

まずやってみろ!

的な事を書いていたり、

副業でやってみよう、サラリーマンをしながらやってみよう

ということもかかれていますよね。

私も副業でこのブログサイトを立ち上げ、ネット経由でデザインのお仕事をもらったりしています。

副業をしているのは、もともと得意なデザインのお仕事がメインです。デザインをしているときは、私は時間を忘れて結構没頭しています。


大事な事は、熱中して出来る事を副業に選ぶ事

先ほども書いたように、私がデザインの仕事をインターネットで受注してお仕事にしていっているのは、それをしている時間がとても楽しいからです。
昔からデザインが大好きで、ロゴを見たり、パッケージを見たり、色の使い方とかにとても興味がありました。
なので、デザインから離れた仕事をしている今、副業でデザインの仕事をさせていただいているのがとても楽しく、やはり、出来ればそれをメインで稼ぎたいとも思って居ます。

熱中できる=研究する。だから、エキスパートに近づく。そしてあなただけにしか出来ないことが生まれてくる

熱中すると言うことは、その事がとても好きなことです。
私の場合、たまたま大好きな事が、デザインという、いかにも仕事につなげやすい事が好きな事でしたが、本当は何でも良いのです。

たとえば、雑貨がすごく好きであれば、おそらく雑貨にまつわる事が自然と耳に入ってきたり、最新情報をすぐに入手したりしていることでしょう。

雑貨集めがすきなのであれば、その集めた雑貨の紹介をしていく、
その中で自分のこだわりポイントを添えながら伝えていく。

そうする事で、あなただけの雑貨センスというのが世に出ることとなり、いずれは共感を生み、ビジネスへとつながっていくこともあります。

難しく考えない。自分の好きな事を伝えていく

マツコの知らない世界、という番組をご存知でしょうか?
この番組、結構好きで見ているのですが、この番組には、一般の方がでてきて、マツコさんが知らないであろうとおもわれるくらい、多種多様な方面でのそれこそマニアのような追及した方々が出てきて、マツコさんにその魅力をお伝えしている、という番組です。

ドレッシング売り場になって、ドレッシングを研究しまくった。
アイスが好きでアイスの研究している。

などなど、もうこれまでにいろんな方が出て居ますが、その方々のように、この世界中の誰もが、自分だけのこだわりみたいなものは必ずもっていて、熱く語れるものがあるはずです。

熱く語れそうなものを毎日思い浮かべてみる事からも起業の一歩かもしれない

自分を世界に発信する、それが起業への一歩です。
たとえば、何もこれと言って浮かばなかった人でも、テレビを見た感想や、政治に対する意見でも何でも何か主張したい事はあるはずです。

そんな具体的な事でなくても、地元の事でも、自分の車の事でも、釣りの事でも、何か好きな事を浮かべて、深く語ってみてください。

語る相手が居ない時は、文章に書き起こしてみましょう。
ブログを持って居ない状態であれば、メモ帳にでもかまいません。手書きでも良いです。

そこから、自分の世界を自分で見つめる事から、すべては始まります。

起業は難しいことじゃない。やる気しだい

いろんな自己啓発本に書かれていて、20代のころからちょいちょいそういうのを見ていたにもかかわらず、私がまだ完全なる起業を成し遂げられては居ませんが、なんとなく今、コツをつかみつつあります。

難しく考えすぎず、あるがままに。

「共感」ということだけは忘れずに居れば、起業は成功していくと思います。

今後の私の動向も是非、見守っていただけるとうれしいです。

それでは。このブログを読んでいる方も、成功しますように祈って。

今日はこのあたりで失礼いたします。

断捨離をして心と意思の整理をしよう。自分自身が決めた事に迷ったら読んでほしい断捨離ブログ。

こんにちは。nekonomoridesignのYoshyです。3連休。せっかくいろいろ自由に時間が使える日なのもかかわらず、金曜日に体調を崩し、それからあれよあれよと言う間に気持ちまで滅入ってしまい、気持ちもふさぎこんで体調も良くありませんでした。

ちょっと前から、また少し、今勤務させていただいている会社での仕事に疑問を持ち始めたりしていて、これが本当に目指していた道なのかどうか等、悩みが再び再燃してしまっていました。

落ち込んでいたら、家族もなんだか落ち込んでしまった

金曜日の疲れは、おそらく、「やっと休みだ」という安心感からだったと思います。自分から進んで転職して入社した会社で勤務してようやく4ヶ月。勤務時間が残業なしの会社なのでほぼ定時で帰宅出来る事もあり、とてもうれしく、こうしてブログを書く時間も持てるようになったので、とてもありがたいと思っています。

しかしながら、あまり詳しくは記載出来ないのですが、希望とはまったく違う状況に日々なって言っている事に、どうしても自分の中で対応出来て居ないのか、もはや気力と家族を路頭にさまよわせるわけにはいかないという思いだけでがんばれて居る感じでした。

その状況からさらに、報酬に対する事でも最初の契約とは違う内容がある事が判明するなどが重なり、自分の中での「何か」が折れたのだと思います。

そして落ち込んで居たら、家族まで、気力をなくしてしまっていました。

 

気力を振り絞ろうとしても、何もやる気が沸いてこなかった

「このままではいけない」
そう思って気力を振り絞ろうとしました。
ブログをこんなに自由に書ける時間はない。新しい事もいろいろ出来る時間がこんなにあるんだからもったいない!

そんな風にも思ったのですが、「目的」もなく闇雲にがんばろうとしても、がんばれないものだなと実感しました。

結局、起き上がっても食べる気力もあまりわかないような状態で2日間が過ぎてしまいました。

断捨離をしたいと突然思いたつ。気分もやる気も入れ替えたかった

主人(Kozy)から、「片付けしたいって前に言ってからやるか?」と誘われました。確かに、前からいろいろ片付けたい物はあったのです。
そう思うと、片付けはやりたい!と思い始め、ついには「断捨離したい!」と思うまでにやる気が急に満ちてきました。

古い本や未練がましく残していた教材っぽい本、いらないショップバッグも全部全部捨てたかった。

なぜかわからないけれど、それが自分の【足かせ】になっている気がしました。

お金があって、物がないと、どことなく寂しい、

そんな感覚にまた陥り始めていたのだと思いました。

どんどん捨てた。捨てたいだけ捨てた。断捨離していったら、気持ちの足かせが少し取れて、大事なものがまた見えてきた

 

断捨離をしていくうち、自分の中の気持ちの整理もついてきました。

転職して、本当はこういう生活がしたかった。。。という理想が高かったことも実感しました。時間もお金も余裕が出ると思いました。

でも現実は、時間の余裕だけで、お金の余裕がない状態でした。

それに、私はストレスを感じていて、さらに、職場での仕事内容にも自分の理想とするものがなく、本当に家族を守るための手段として、今の仕事をしているのだと実感しました。

ただ、それは悲観することでもないのです。
幸せな事に、収入をいただきながら、時間がきっちりしているお仕事なのです。帰ってからの時間を自由に使えるようになっているのだから、これからはそれを生かして、さらに、ちゃんと「自分の理想」を自分で叶えていこうと決意しました。

やっぱり、自分の幸せは自分で掴み取るしかない。自分で切り開くしか、きっと自分の納得する答えは見つからないと実感しました。

少しずつでも一歩ずつ。

やりたい事は、どこかに入ってやる、じゃなく、自分自身の手で切り開く。

断捨離は、自分の要らない部分の気持ちや物を整理できる良いきっかけになると思います。ぜひ、何か迷いがある方は、片づけをしてみてください。片づけをしている間にいろいろと自分の中の答えが見えてくるはずです。

何でもやってみよう、でやっていたあの頃を思い出そう

こんにちは、nekonomoridesignのyoshyです。
今日は、挑戦 についてお話をしたいと思います。

突然ですが、私は、昔、アニメやゲームが大好きで(今も好きですが)、あまりに好きで、自分で勝手にストーリーを考えた漫画を描いたりもしていました。

そうです。いわゆる、同人誌です。

まだ、小学生とか中学生の頃です。

あの頃は、まだ漫画を描く技術を教えてくれるような雑誌も少なく、手当たり次第模写したり、道具も、まだアナログしかない時代。

おこずかいを貯めて、漫画家さんが使うような道具、Gペンやスクリーントーン、雲形定規、墨などをアニメイトで買い揃えていました。

そして、無謀な事に、同人誌即売会に出品者として出たりしました。

中学生後半~高校生時代には、印刷所に原稿を出したり、同人誌即売会や買った同人誌で好きになった作家さんと連絡をとって、コラボして本を作ったりもしていました。

今おもえば、凄いバイタリティーです。

そして、その頃の私は、売れる売れないは関係なく、作りたい一心だったんだと思います。

自分が作った作品を知ってもらいたい。

ただそれだけ。

貯めたおこずかいを元手に、私はすでに商売をその頃からしていたのですね。

先日、悩み相談した方とお話をしている最中に、ふと、そんなニュアンスの話がでてきて、自分の思うようにやるのがいい、という話あたりから、このような昔の自分を思い出した訳です。

大人になればなるほど、余計な知識や、他人と自分を比べて自分を過小評価したりしてしまいがちですが、もう一度、あの頃の私に戻り、挑戦し続けたいと思います。

夢中な気持ちを思い出せ!!

幸せの形は人それぞれ。自分と他人を比べないように生きよう

こんにちは、nekonomoridesignのYoshyです。

自分のやりたいこと、に自分の情熱を傾けるようにしてから、今までいろんなビジネス関連書籍に書いていた意味がわかるようになってきたなと時間する事があります。

私は、元々どちらかというと、先のことを考えすぎるところがあって、最初の勢いは結構いいのですが、急に冷静になりすぎて、「いや、コレ続けてももっと上がいるし・・・」と諦めたり途中でやめてしまうこともたくさんあったのです。

何で途中でやめたくなってしまっていたのか。

でも、やり始めの時は、「私にも出来るかも!」と意気込むのです。

勢いよく最初はやり始めるのです。

やっている最中に、いつも問題が発生しているのでした。

たとえば・・・ビーズアクセサリーにはまった時。

材料もむちゃくちゃいっぱい集めて、気持ちよくやり始めて、楽しいのでたくさんやります。やっていくうちに知識が欲しくなって勉強したり、他の人の作品を見たりする場面がやってきて、そうなった時によく訪れるのが・・・

「他の人」

を見て、自分がすごくかすんで見えて、一気にモチベーションが下がってしまうのです。もちろん、他の人は、先にやっているわけだし、情熱もあるので「先輩」になるわけです。
自分がまだまだ未熟者で当然であるのに、今までの私だと、その自分が許せなくて、途中でやめたくなるのです。

他人と比べていたら、ナンバーワンにはなれてもオンリーワンになれない

年を重ねるうちに、いろんな人と関わるようになってわかったことがあります。
それは、「他人」と「自分」は絶対に「差」があるということ。他人の畑は青く見えるという言葉があるように、人は必ず、人と自分を比べたがるのです。それは人だからこその心理なのかもしれません。そして、その心理があるからこそ競争が生まれ、進化してきたというのもあるかも知れません。

でも、「ナンバーワン」ではなく、「オンリーワン」を目指すなら、「人と自分を比べる事」という事に、何の意味も無い という事が判りました。

何故判ったのか。

病気をして、子供を産めなくなって判った。幸せの形は人それぞれという事

女性としてきて産まれた私は、当然のように結婚をしたら、子供を産むものだと思っていました。
望んでいるとか望んでいないとかそういう問題以前に、何か「そうするものだ」と思っていたというところもあります。結婚したら、その相手とのこどもは自然と欲しくなるだろうとも思っていました。結婚してすぐではなくても、2年目ぐらいに出来たらいいなと思っていました。

ですが、結婚2年目に、自分の病気が発覚し、手術を経て、「こどもが埋めない身体」になりました。
どう望もうが、私はもうこどもを産む事はできません。

それまで、何となく、「普通」に子供を産むものとおもっていたので、それが出来なくなった、という事実に、正直、あまり実感もないところもありました。
出来ない、とう事実を受け止めるしかなかったというのもあるかもしれません。

そして、「産めなくなった」事で、子育てをしている友達と、自分では「違う」んだ・・・という現実を突きつけられました。

「普通」ってナンだろう?

自分の経験を経て、世間一般で言う「普通」という言葉に、結構嫌気が差すことが多くなりました。
●●が普通、●●が当然だよね?

でも、その基準って誰が決めたのでしょう?
大半がそう、=普通なのでしょうか?

結局、「他人」と「自分」の比較基準があるから、「普通」という言葉が誕生するのかなとおもうようになりました。

「他人」と「自分」は違う、それぞれを受け入れあえば良いんじゃないかと思うようになりました。

それは、結局、自分がいわゆる世間一般的な「普通」ではなくなったからなのだと思います。
どこかの政治家さんが、女は結婚して子供を産むもんだ、というような発言をしたことが問題になっていましたが、そういう政治家さんに是非あってみたいものです。そして、「産みたくても産む事が出来ない」という人が居るということも考えているのか、と言いたいです。

ボクのお父さんは、桃太郎というやつに殺されました

このキャッチコピーは、日本新聞協会広告委員会が今年度「しあわせ」をテーマに実施した「新聞広告クリエーティブコンテスト」というのに応募されたキャッチコピーだそうです。
詳しい記事(引用元サイト)
このコピーが表現しているように、ある人には「しあわせ」であることでも、別の視点から見ると装ではないという事。

幸せの基準なんていうものは、結局ひとそれぞれなのです。

私も、このコピーを作った方々の考えに非常に共感しました。

人は誰しも、「その立場」にならないと、理解できないものですが、ちょっと立ち止まって考えてみて、そして、「他人」と「自分」を「比べる」というのをやめて、「自分自身の幸せ」を一番に考え、比較することなく、自分の道を信じて進むことが出来れば、自分以外のすごい人を見たりしても、落胆することなく、自分の好きな事を貫きとおして遣り通す事が出来ると思います。

皆様に、幸せが訪れますように!