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売れるキャッチコピー、売れる文章、宣伝文句の考え方 

こんにちは。nekonomoridesignのyoshyです。
先日、私立小学校か中学校かの入試問題を紹介する番組があり、(たしか小学校だったはず)そこでこんな問題がでました。

問 あなたが部屋にいたところ、窓におばけがでてきました。その時の様子を描き、説明してください

というような趣旨の問題だったかと思います。
窓枠だけが描かれたキャンバスにどんな絵を描くかが採点のポイントだそうです。
それを大人が解いて、どんな点数になるかを、きそうみたいなのだったんですが、その模範解答がこんなのでした。

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窓枠の、中には運動会をしているおばけたち。
それを窓の外から眺めている人が自分。
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そして、その絵についての説明文が

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僕が窓を見ると、外でおばけたちが、楽しそうに運動会をしていました。その様子を見て、僕も一緒に運動会をしたいなあと思っています
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でした。

そしてこの答えが、満点の模範解答でした。

大概の大人は、窓枠からおばけがこっちに向かってきてる絵ばかりで、窓の外の様子を描いている人は少なかったです。
さらに、おばけそのものの説明はしても、そのおばけたちの感情や自分の感情をした人はほぼいませんでした。

大人になると、固定観念が生まれて、こうあるべきだ、みたいなのが勝手に出てくるそうです。
そして、説明、といわれると、ついつい見た状況だけを伝えようとすることばかりに頭が働くそうです。
子供は、その点、とても柔軟に、そして素直に表現します。感じた事も素直に書きます。

何か自分の思いが入ったメッセージを伝えたいとき、そのメッセージの中に、その人の感情が表現されていると、聞き手に伝わりやすい場面は多いです。
逆に、感情もなく、淡々とした説明だと、相手には伝わりにくくなります。
物を売ったり、サービスを知って欲しかったり、いろんな場面で、大人の世界では「自分以外の人」に、「何か」を伝える場面は多いと思います。
そのときは、闇雲に説明をするのではなく、自分の伝えたい事を明確にし、それを知ってもらえるように、伝わるように、自分の意見を取り入れて伝える事が効果的。
出来ることなら、短い言葉で気にとめてもらえるようなキャッチコピーを考えると、いろんな人の目に触れる事になると思います。

たとえば。

大根が1本ありました。その大根は、大根の名産地で取れて、朝に獲れたて。
土もまだかぶっている状態です。その大根を、あなたは売りたいと考えています。

そんなとき。どういう宣伝文句を考えますか?

A.獲れたて新鮮大根!土かぶり付でお届け!!大根の名産地●●産をお届けします!

B.シャキッと獲れたて!みずみずしくて新鮮な大根は大根おろしでサッパリ食べたくなるなる!

さて。どっちのコピーが欲しくなりますか?

その大根がどんなものかわからない人に、「食べたい」と思わせる宣伝文句はどちらでしょう?
想像力を掻き立てる事、それこそが「売れる」宣伝文句・キャッチコピーです。

しかし、そうは言っても、そう簡単に出来る物でもないのかもしれません。

そんなときは、努力で、カバーするしかないと思います。
日頃から、文章を、書く練習をしたり、気になるキャッチコピーをメモしたり。
駅やチラシや本屋さん・・・あらゆるところで、人目を引こうといろんなコピーや文言、宣伝文句はあふれています。
その中で、自分が「お?」とおもった文章や言葉をメモしたり、する事で些細な事が積み重なり、やがて、その人自身の言葉で表現した時に想いが伝わる言葉で表現できるようになると思います。

伝える。伝わるキャッチコピーや文章が書けるように、言葉を、思いを、書いたり話したりしていきたいと思います。

このブログを読んで頂いた方も。
プレゼンしたり、物を売りたいとき、作ったり、自分が作った物を相手に使ってもらいたいとき、この練習をしておくと、きっとプラスになるはずです。ぜひやってみてくださいね。

幸せの形は人それぞれ。自分と他人を比べないように生きよう

こんにちは、nekonomoridesignのYoshyです。

自分のやりたいこと、に自分の情熱を傾けるようにしてから、今までいろんなビジネス関連書籍に書いていた意味がわかるようになってきたなと時間する事があります。

私は、元々どちらかというと、先のことを考えすぎるところがあって、最初の勢いは結構いいのですが、急に冷静になりすぎて、「いや、コレ続けてももっと上がいるし・・・」と諦めたり途中でやめてしまうこともたくさんあったのです。

何で途中でやめたくなってしまっていたのか。

でも、やり始めの時は、「私にも出来るかも!」と意気込むのです。

勢いよく最初はやり始めるのです。

やっている最中に、いつも問題が発生しているのでした。

たとえば・・・ビーズアクセサリーにはまった時。

材料もむちゃくちゃいっぱい集めて、気持ちよくやり始めて、楽しいのでたくさんやります。やっていくうちに知識が欲しくなって勉強したり、他の人の作品を見たりする場面がやってきて、そうなった時によく訪れるのが・・・

「他の人」

を見て、自分がすごくかすんで見えて、一気にモチベーションが下がってしまうのです。もちろん、他の人は、先にやっているわけだし、情熱もあるので「先輩」になるわけです。
自分がまだまだ未熟者で当然であるのに、今までの私だと、その自分が許せなくて、途中でやめたくなるのです。

他人と比べていたら、ナンバーワンにはなれてもオンリーワンになれない

年を重ねるうちに、いろんな人と関わるようになってわかったことがあります。
それは、「他人」と「自分」は絶対に「差」があるということ。他人の畑は青く見えるという言葉があるように、人は必ず、人と自分を比べたがるのです。それは人だからこその心理なのかもしれません。そして、その心理があるからこそ競争が生まれ、進化してきたというのもあるかも知れません。

でも、「ナンバーワン」ではなく、「オンリーワン」を目指すなら、「人と自分を比べる事」という事に、何の意味も無い という事が判りました。

何故判ったのか。

病気をして、子供を産めなくなって判った。幸せの形は人それぞれという事

女性としてきて産まれた私は、当然のように結婚をしたら、子供を産むものだと思っていました。
望んでいるとか望んでいないとかそういう問題以前に、何か「そうするものだ」と思っていたというところもあります。結婚したら、その相手とのこどもは自然と欲しくなるだろうとも思っていました。結婚してすぐではなくても、2年目ぐらいに出来たらいいなと思っていました。

ですが、結婚2年目に、自分の病気が発覚し、手術を経て、「こどもが埋めない身体」になりました。
どう望もうが、私はもうこどもを産む事はできません。

それまで、何となく、「普通」に子供を産むものとおもっていたので、それが出来なくなった、という事実に、正直、あまり実感もないところもありました。
出来ない、とう事実を受け止めるしかなかったというのもあるかもしれません。

そして、「産めなくなった」事で、子育てをしている友達と、自分では「違う」んだ・・・という現実を突きつけられました。

「普通」ってナンだろう?

自分の経験を経て、世間一般で言う「普通」という言葉に、結構嫌気が差すことが多くなりました。
●●が普通、●●が当然だよね?

でも、その基準って誰が決めたのでしょう?
大半がそう、=普通なのでしょうか?

結局、「他人」と「自分」の比較基準があるから、「普通」という言葉が誕生するのかなとおもうようになりました。

「他人」と「自分」は違う、それぞれを受け入れあえば良いんじゃないかと思うようになりました。

それは、結局、自分がいわゆる世間一般的な「普通」ではなくなったからなのだと思います。
どこかの政治家さんが、女は結婚して子供を産むもんだ、というような発言をしたことが問題になっていましたが、そういう政治家さんに是非あってみたいものです。そして、「産みたくても産む事が出来ない」という人が居るということも考えているのか、と言いたいです。

ボクのお父さんは、桃太郎というやつに殺されました

このキャッチコピーは、日本新聞協会広告委員会が今年度「しあわせ」をテーマに実施した「新聞広告クリエーティブコンテスト」というのに応募されたキャッチコピーだそうです。
詳しい記事(引用元サイト)
このコピーが表現しているように、ある人には「しあわせ」であることでも、別の視点から見ると装ではないという事。

幸せの基準なんていうものは、結局ひとそれぞれなのです。

私も、このコピーを作った方々の考えに非常に共感しました。

人は誰しも、「その立場」にならないと、理解できないものですが、ちょっと立ち止まって考えてみて、そして、「他人」と「自分」を「比べる」というのをやめて、「自分自身の幸せ」を一番に考え、比較することなく、自分の道を信じて進むことが出来れば、自分以外のすごい人を見たりしても、落胆することなく、自分の好きな事を貫きとおして遣り通す事が出来ると思います。

皆様に、幸せが訪れますように!